投稿

記事 025:萩焼の景色と、つくろい

イメージ
記事要約 山口県萩市の河津桜並木を散策したあと、窯元で二つの器の間を長く思案しました。 あの「ねずみ肌」の器への未練は、今もどこかに残っています。 その気づきが、今この瞬間の感性を大切にしたいという思いへと繋がっていきました。 手元の湯呑みは一年で三分の一ほどが淡い藤色に変わり、使い込むほどに表情を変える萩焼の奥深さを、あらためて実感しています。 欠けた器は漆で補い、新たな景色として愉しみながら、金継ぎの試行錯誤を重ねる日々が続いています。 カテゴリー 器 日本の食文化の中で、暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 読者の皆様には、熾火を囲むような穏やかな気持ちで、この記事を読んでいただければと思います。 1. あまのたえ 2月はとても寒かったですが、3月に入ると北風もすこし和らいできたように感じられました。 そのおかげで、身体も、あたりに漂う香りも、どこか緩んでいきます。 潮の香りが恋しくなった私たち夫婦は、焼き物巡りを兼ねて山口県萩市へ向かいました。 道の駅「萩しーまーと」隣の親水公園では、河津桜の並木をゆっくりと散策しました。 嬉しいことに、散策のあとには萩市の窯元で器を選ぶ時間が待っていて、質感の違う器を左右の手に持っては、長い思案に耽りました。 河津桜: 早咲きの桜の品種。 2. ほほえみ 陶器 小福茶碗(こふくちゃわん) 萩焼 愛称:やわらぎ 思えば、不思議なものです。 こちらの窯元を訪れるたび、嬉しい「思案の時間」をいつも与えられます。 桜の美しさは、その姿そのもの、咲き満ちる様子にあります。 一方で器は生活の一部であり、たとえ破損しても、自分自身で再生の道を繋いでいける対象です。 窯元の方が茶室に飾っていた仏像の顔を眺めながら、思案を続けました。 左手には独特の質感を持つ「ねずみ肌」の器、右手には写真の小福茶碗。 仏像さんは、いつも見慣れた様子で、ただ微笑んでいるばかりでした。 窯元の方は「この器は良い出来だから」と言いながら、「ねずみ肌」の器を薦めてくれました。 けれども、最終的に選んだのは、右手の小福茶碗でした。 3. よなみ 今でも、あの「ねずみ肌」の器のことを時々思い出します。 インターネットでいくら検索しても、どこを探しても、あの質感の器には二度と出会えていま...

記事 024:草の香りと、秋の気配が届く食卓

イメージ
記事要約 曇りの日を待って庭の草取りに励んだ朝のことを綴ります。 黙々と作業を進める妻に比べて、こちらの成果はかなり不格好なものとなりました。 昼食には、ちくわの磯辺揚げと露地栽培のキュウリを食卓に並べました。 猛暑の夏が終わりに近づいた季節感を、静かに感じた一日です。 山口県萩市で出会った萩焼の四方皿への愛着も、あわせて綴っています。 食後のお茶とともに漂う揚げ物の香ばしさとキュウリの青い香りが、窓の外から聞こえ始める虫の音と重なりながら、秋の到来をそっと告げていました。 カテゴリー 料理、夏、秋 日本の食文化の中で、暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 読者の皆様には、熾火を囲むような穏やかな気持ちでこの記事を読んでいただければと思います。 1. きこえる 窓の外に向かって「暑い、暑い」とこぼしてみても、さすがに涼しくはなりません。 庭に目をやれば、雑草や芝生が飛石(とびいし)を覆い隠す勢いで、その存在を主張していました。 とはいえ、雑草や芝生があまり成長しすぎると、庭木や虫たちにとっても迷惑な話です。 このままにしておくと今後の庭作業がもっと大変になるので、天気予報に耳をすませながら思案を続けていました。 狛犬風の陶器の置物(庭の番人) 2. 横へ横へと ありがたいことに、やっと曇りの日が来ました。 涼しい早朝から、庭の草取りを始めます。 草の香りを嗅ぎながらの作業は好きなものの、辺り一面草だらけとなると、さすがに気がめいるものです。 それでも風のおかげで蚊が少なく、おかげで作業に集中できました。 軒先では風鈴が監督するように、軽やかな音色で背中を押してくれます。 腰を落としたまま横へ横へと移動し、雑草を根から丁寧に抜いていく。 深く入り込んだ根を最後までスッと抜けた時には、ちょっとした快感を覚えました。 「さあ次は」「もう一本」と独り言をこぼしながら、手を動かします。 「あの角まで」「次の飛石まで」――そう自分に言い聞かせながら、横移動を続けました。 3. 陣取り合戦 反対側から草取りを進める妻は、涼しい顔をして黙々と作業を続けています。 陣取り合戦というわけではありませんが、二人の成果は誰の目にも一目瞭然でした。 かなり遅れを取...

記事 023:なずな柄の器と庭作業

イメージ
記事要約 狭い庭での菜園作業の苦労と、完熟トマトを待つ喜び。 幼い頃にペンペン草で遊んだ記憶が、なずな柄の有田焼中鉢を通じて蘇ります。 七草粥の思い出とともに、季節の移ろいと器のある暮らしを静かに綴った一篇。 音として響く言葉が、記憶と今を結びます。 カテゴリー 料理 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 庭木の色艶 やっと梅雨の中休みに入ってくれました。 プチトマトは、庭木たちと上手に折り合いをつけて元気に成長しています。 まだ先のことですが、秋が深まり気温が低くなると、毎年恒例の菜園作業が始まります。 ただ、年を重ねるごとに、掘り返し作業のことを思うと少し気が重くなってきました。 狭い庭に庭木と菜園の両方があると、庭木の根が栄養を求めて菜園へ侵入していきます。 菜園のおかげで、庭木の色艶は良くなりました。 逆に野菜の方は、庭木との栄養の取り合いで負けてしまい元気のない時がありました。 そのため、菜園の掘り返し作業といっても庭木の根の除去が主な作業になります。 2. 庭木との折り合い 菜園を始めた頃は、スコップで根の除去作業をしていました。 しかし、土の中でびっしりと絡み合った根には太刀打ちできませんでした。 その上、土と根をふるい分ける作業は果てしなく感じられました。 雨の少ない年には、掘り返した土よりも根の方が多いのではと思うほどでした。 それでも最近は、根を切りながら土もほぐせる三本爪鍬(さんぼんづめくわ:三本の刃で土をほぐす鍬)を使うようになりました。 お陰で、私の掘り返し作業がだいぶ楽になりました。 そうは言っても、私のふるい分け作業は変わりません。 来年は庭木か菜園か、どちらかを諦める決断の時かもしれません。 長年続けてきた菜園に別れを告げるのか、それとも四季の変化を教えてくれている庭木を切るのか。 まだ答えは出せずにいます。 3. 完熟の目安 そんな大変な掘り返し作業を控えた時期ですが、私は収穫を楽しんでいます。 自家栽培だからこそ、私はプチトマトを完熟するまで待つことができます。 完熟の目安は、いくつか試した結果、ヘタの反...

記事 022:梅との対話

イメージ
記事要約 梅干し作りは、梅雨から土用干しまで、自然と対話しながら時間をかける営みです。 塩加減、重しの調整、職人の知恵、そして失敗から学ぶ経験。 三年以上寝かせた梅干しを、一粒から三つの表情を愉しむ。 道具を大切に扱い、毎年新たな発見を重ねる手仕事の記録です。 カテゴリー 料理、夏 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 梅の塩漬け この記事は、 記事 011:梅の香りに包まれて からの続きです。 梅干し作りは、梅を塩で漬けることから始まります。 この容器には五キロの梅が入り、塩は梅の二割にあたる一キロをいれます。 今年の塩分割合は、カビ対策を考えて伝統的な分量に戻しました。 我が家の環境では、この割合が最も安定した結果をもたらすようです。 重しの掛け方は、その年の梅の品質や梅雨の気温によって微調整が必要です。 経験を積み重ねることでしか身につかない、手仕事ならではの感覚だと私は感じています。 2. 梅酢との対話 梅の塩漬けで最も大切なのは、梅酢の上がり具合を定期的に観察し、重しの掛け具合を調節することです。 梅の皮が破れる一歩手前まで重しを掛けると、食べやすい梅干しに仕上がります。 梅雨時や気温が上がり湿度が高くなる時期には、特に梅酢の変化を注意深く観察します。 梅の香りが異臭に変わってしまったら、潔く諦めて来年再挑戦です。 自然を相手にする手仕事には、こうした潔さも必要なのだと学びました。 今年は、そんな残念な思いはしたくないので、私は毎朝、梅に向かって「カビに負けないでください」と声を掛けています。 3. 土用干し 夏の土用(立秋前の約十八日間、夏の最も暑い時期)に、天候が安定している日を選んで三日間連続で干し上げます。 この工程は、天気のご機嫌をうかがう期間とも言えます。 雨で梅が濡れないことが一番ですが、仮に濡れても私は梅酢で洗って干し直します。 干し用のザルには、竹製を使用しています。 私は梅を並べる前に、竹ザルを梅酢でしっかりと拭いておきます。 そうすることで、柔らかくなった梅の表皮がザルに貼り付くのを防げるようです。 実際...

記事 021:夢とアスパラガスの声

イメージ
記事要約 三年かけて育てたアスパラガスに「よく頑張ったな」と声をかけ、夢に出るほど惹かれた八丁味噌の味に浸る。 きゅうりの断面、箸先の味噌の量、納豆を移す器—食卓の細部に宿る美意識と、食材への敬意。 カテゴリー 料理、夏 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 来年のアスパラガスに期待 きゅうりに八丁味噌 山羊乳チーズとちくわ 我が家の東側を走り抜ける北風が、ようやく柔らかさを帯びてきました。 風によって、地面が乾燥するのは私にとってありがたいことです。 そのおかげか、知り合いからちょっと時期が早い露地栽培のきゅうりを頂きました。 そして、我が家ではアスパラガスの収穫が終わりごろとなりました。 ありがたいことに、年々収穫量が増え太くなっているように感じます。 そうなると、来年はもっと収穫できるように肥料をあげたいと思います。 頂いたきゅうりは表面のトゲが立っていて、手に取ると青い香りと張りが指先に伝わりました。 さて、今回は、野菜を生や茹でたりしただけのシンプルな料理についてです。 2. 八丁味噌の夢 きゅうりといえば、もろみ味噌を合わせることが多いのですが、今回は八丁味噌を選びました。 我が家で食べ慣れている米味噌や麦味噌と八丁味噌を比較すると香りに違いを感じます。 八丁味噌: 豆味噌特有の深いコクと、他の味噌と比較してやや濃い色合いが特徴です。 それは、私が普段から慣れ親しんでいないからかもしれません。 ただ、私はこの香りと塩加減が好きになりました。 出会いは、独特な色合いの「味噌かつ」でした。 その店では、少し甘みを足した味でした。 テレビドラマなどで名前は知っていましたが、食べる機会はありませんでした。 そして、食べてみると肉の旨味より味噌ダレに惹かれてしまいました。 更に困ったことに、あの店での食事風景が何度も夢に出てくるまでになってしまいました。 これほどまで、食べ物に執着するとは私自身、夢にも思いませんでした。 気がつけば二週間後には、またその店を訪ねていました。 その後、通信販売を利用し「カクキュー」の味噌で味噌汁を食べるようにな...

記事 020:鎌倉彫の草履

イメージ
記事要約 下駄の買い替えで訪れた福岡の履物店で、鎌倉彫の草履に出会った。 彫刻刀の迷いない運び、絶妙な深さ、丁寧な塗り重ね——職人の手の跡に心を奪われる。 店では時間が緩やかに流れ、店主の手は休むことなく動き続ける。 穏やかな接客に触れ、日常を見つめ直す。 夜、静かにお茶をいただく時、あの時間を思い出すと、ざわめきが遠のく。 カテゴリー 手仕事 日本の暮らしの中で、私が触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 彫刻刀の彫り目 今まで履いていた下駄の歯が、とうとう限界に来ました。 片べり防止を色々とほどこしましたが、私自身の歩き方がそもそもの問題のようです。 下駄の履き心地は、どうしても捨てがたいので妻に新調を相談しました。 すかさず色よい返事が返ってきました。 筥崎宮への参拝を終えた後、妻がかねてから気になっていた履物店を訪れることになりました。 妻からの「草履の台と鼻緒を自分で組み合わせて仕上げてくれる」という話に、私は心を奪われてしまいました。 そして、私達用と知り合いへのお土産として品を選ぶことにしました。 戸部田はきもの店:福岡県福岡市東区箱崎 詳しくは公式サイトをご覧ください。 リンク: https://www.instagram.com/getaya.110 ※店舗情報は2010年時点のものです。 写真の草履は知り合いへのお土産として購入したものですが、私自身が最も心を動かされたのは、鎌倉彫の技術でした。 本で見知っていた鎌倉彫を、実際に草履の台に施された状態で目にしたのは初めてのことです。 何より驚いたのは、彫刻刀の運び方でした。 一刀一刀に迷いがなく、しかも勢いよく彫り込まれています。 深さも絶妙で、浅すぎず深すぎず、強調したい部分は微妙に深くなっています。 塗りも目立ちすぎる強調がなく、私には見飽きない仕上げに感じられます。 彫りの凹凸に合わせて色合いを変化させ、丁寧に塗り重ねられています。 職業柄というのでしょうか、私はつい刃物の扱い方に目が向いてしまいます。 切り口の美しい作品を見ると、人とは違った感想を抱くのが常なのです。 鎌倉彫: 木地に文様を彫り、漆...

記事 019:アミダの器、見えない線

イメージ
記事要約 萩焼の小福茶碗との出会いをきっかけに、くじ運の悪さという個人的な記憶と、器に走る貫入模様が重なり合う物語。 使い込むことで変化する器の香りと触感を通じて、「見方を変えないと何も見えてこない」という気づきを学ぶ。 カテゴリー 器 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. あみだくじ 陶器 小福茶碗(こふくちゃわん) 萩焼 (愛称:アミダ) 子どもの頃から、私のくじ運はかなり悪い方でした。 外れてほしいときには当たりを引き、当たってほしいときは外れを引く。 特に「あみだくじ」(縦線と横線を引いて選択肢を決める日本の伝統的なくじ引き)では、私はいつも裏目に出ることが多かったです。 この運の悪さは社会人になっても変わらず、地域の役員選出などで必要に迫られてあみだくじを引いていました。 そして、忙しいときに限って、追い打ちをかけるような役回りが回ってきました。 当時は色々と思い悩むこともありましたが、今では人がやりたがらない様々な経験ができたと前向きに考えています。 そんな私がこの器と出会ったとき、表面に走る細かなひび模様がまるでアミダクジのように見えて、面白いと思いました。 私がこの器でお茶を飲むと、「良いことも悪いことも最後は一緒になって丸くなる」という穏やかな安らぎを感じます。 この器が私に教えてくれたのは、「見方を変えないと何も見えてこない」というごく普通のことです。 2. 購入場所 山口県萩市の窯元にて 3. 大きさ 両手で包み込むように持つと、程よく手の中に収まる大きさです。 日常使いから特別な席まで、幅広い場面で活躍する使い勝手の良い大きさとなっています。 4. 手に取った感じ 表面にはアミダクジのような深い貫入(かんにゅう)があり、微細なざらつきがありながら、不思議と手になじむ優しい触り心地です。 この質感は使い込むほどに愛着が深まり、器との距離が縮まっていくのを実感できます。 貫入(かんにゅう:陶器の表面にできる細かなひび模様) 5. 器から立ち上る香り この小福茶碗は、その日の気分に合わせて様々な用途で楽しめます。 湯漬けやご飯茶碗...

記事 018:庭、茄子と大根の声

イメージ
記事要約 庭仕事で疲れた身体が求める大根の辛味。 茄子への切り込みの「丁寧さ」を探究する日々。 ぬか床に鉄を入れる知恵、鉄瓶での試行錯誤、有田焼の小鉢に刻まれた時間。 庭の間口で立ち止まり、身体の声を聴く。 発酵、錆、褪色という変化を慈しむ。 カテゴリー 料理 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 大根おろしの辛味 厚揚げと茄子の煮物に大根おろし添え イクラのはさみ「かまぼこ」 気候がやっと穏やかになってきたので、懸案の庭の片付けを始めました。 取り掛かってみると、次々と気になるところが増えていきました。 よせばよいのに、いい気になって作業を続けてしまった挙げ句に、動きすぎたせいか、今日は食欲がありません。 こんな時は、私は必ず大根を使った料理を妻にお願いしています。 これは、私の長年の習慣と妻が作る味となっています。 私は大根おろしの辛味が強い部分を薬味として使います。 その薬味は、イクラの上に少し乗せて食べると、練り物との相性が良く、私は味の変化を楽しんでいます。 そして、煮物皿の底に残った煮汁を吸った大根おろしとイクラをご飯に乗せて食べるのが、私の楽しみです。 不思議とこうすると、私の場合は食欲が戻ってくることが多いです。 さて、今回は茄子にまつわることを書きたいと思います。 2. 茄子の見た目 私は、茄子には丁寧に切り込みを入れることが大切だと感じています。 そうすることで、格段に食べやすくなります。 ただし、私はこの「丁寧さ」の加減が難しいと感じており、煮崩れしたり味の染み込みが不十分になったりします。 そのためには、茄子の固さを見極めながらの微調整が必要と思います。 茄子だけの煮物なら簡単ですが、厚揚げと合わせる場合は苦労しました。 それぞれの食材に味が均等に染み込むようにするのが難しいのです。 肉質の柔らかい茄子に切り込みを入れすぎて煮崩れさせてしまったこともありました。 厚揚げにはフォークで穴を開けて味の染み込みを良くするなど、様々な工夫を試してみました。 「口に入れば一緒」という考え方もあるかもしれませんが、私は見た目も料理...

記事 017:手の中の時間—織部焼の片口

イメージ
記事要約 山口県萩市で出会った織部焼の片口。 本来の織部の色が薄くなった偶然が、逆に魅力となった一品です。 湯冷ましとして、小鉢として、日常に寄り添う器。 お湯を注ぐと底の方から美しく輝き、適温になるまで眺める静かな時間を楽しんでいます。 使い込むほどに変化する表情、作り手の知恵が宿る縁の形状。 偶然と時間が紡ぐ、器との対話の記録。 カテゴリー 器 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 湯冷まし 今回紹介するのは、私が山口県萩市で出会った織部焼の片口です。 織部焼は安土桃山時代からの焼き物で、独特の色合いが特徴です。 片口は注ぎ口のついた伝統的な形で、通常は醤油や酢などを移し替える時に使用されます。 片口には様々な扱い方がありますが、私はこの片口をもっぱら食材を盛る器として使っています。 季節に合わせて、春の緑が鮮やかな食材には鰹節を散らして盛り付けています。 また、なめらかな「おぼろ豆腐」や「出汁で馴染ませた山芋汁」を入れることもあります。 粘り気のあるものを入れても意外と注ぎ口の切れが良いので、食卓を汚すことが少ないです。 がごめ昆布 ご飯 また、手頃な大きさなので、お茶をいただく時、熱湯を適温まで冷ます湯冷ましとしても重宝しています。 お湯を注ぐと、底の方からだんだんと美しく輝いて見えます。 私はその輝きを眺めながらお湯が適温になるのを待つ、そんなひと時を大切な楽しみにしています。 2. 購入場所 山口県萩市の窯元にて 3. 大きさ 両手で包み込むように持つと、程よく手の中に収まる大きさです。 日常使いにも特別な席にも適した、使い勝手の良いサイズとなっています。 4. 手に取った感じ この片口は重心が低く安定感があります。 縁付近の模様が自然と手を導いてくれます。 表面には心地よいざらつきがあり、手になじむ優しい手触りです。 私はこの質感を使い込むほどに愛おしく感じています。 5. 使う場面 この片口は、その日の気分に合わせて様々な用途で使えます。 刺身、酢の物、漬物や煮物を盛る小鉢として活躍しています。 しめ鯖 ...

記事 016:ぬか漬と水菜

イメージ
記事要約 夏の蒸し暑さの中、年に一度の水なすのぬか漬に出会う。 手で優しく割き、味わう。 水菜のシャキシャキとした音、オリーブオイルの仲介、柑橘の香り。 すべてが時間をかけて馴染んでいく。 発酵という静かな変容、境界が溶ける世界。 栽培農家への敬意と、器との対話。 音として響き、読者の中で発酵し続ける食の詩。 カテゴリー 料理、夏 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。 熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。 1. 水なすのぬか漬(京都産) 水なすぬか漬 焼き鳥各種 我が家の庭で蝉の抜け殻があちこちで見かけられる暑さとなりました。 これから、またあの耳の奥にこだまする鳴き声にお付き合いしなければなりません。 少し気が重くなってしまいます。 この程度でめげてはいけないので、気分転換を兼ねて久しぶりに遠出の買い物に出かけました。 ありがたいことに、今年も無事に「年に一度の水なすのぬか漬」(関西地方特産の果肉が柔らかな茄子を米ぬかで発酵させた漬物)を購入することができました。 人の混雑が苦手なため、大きな百貨店に足を向けることはそうそうありません。 まるで運試しのような買い物になっています。 いつもの店員さんと、いつもの漬物屋さんが出来るだけ長く続くことを願っています。 2. 栽培農家の苦労 水なすぬか漬 野菜の天麩羅 魚の煮物 水なすは包丁で切るよりも手で優しく割いた方が、断面に変化があって私の好みです。 そして、私はぬか付きの方を購入しています。 私は色々な店を試しましたが、最終的にこの店のぬかの香りに心惹かれました。 私は、そのまま食べたり、湯漬け(白湯をかけたご飯)にして食べています。 湯漬けは、シンプルながら素材の味わいを引き立てる食べ方と思っています。 私が毎回食べるたびに感心するのは、水なすの品質が安定していることです。 皮が程よく薄く、果肉がやわらかで、栽培農家の方々の丁寧な水や土の管理を感じます。 一度は、栽培している地域を訪ねてみたいと思っています。 ※ぬか漬けは、植物性乳酸菌の力を活かした伝統的な発酵食品の一つです。 これは伝統的な手法で発酵されており、飲料のよ...