記事 007:包丁と漆器と、手の記憶

記事要約

朝、私は包丁を研ぐ。

砥石との対話は、焦りを手放した午後にようやく息が合った。

心地よい疲労の中で食べる生野菜の清々しさ。

よく切れる包丁が立たせる野菜の切り口。

幼い日、泥にまみれて掘った山芋。

使い込んで艶を増した赤い漆器。

道具を手入れし、大切に触れることで、時間の層が重なり、過去と現在が響き合う。

説明ではなく、手の記憶として立ち上がる、丁寧な暮らしの一日。

カテゴリー

料理、夏、秋


  • 日本の食文化の中で、私が暮らしの中で触れてきた一場面を綴ります。
    熾火を囲むような穏やかな気持ちで読んでいただければと思います。

1. 気になるパンくず

  • トマト、水菜、山芋のサラダ(オリーブオイル使用)

鍋島焼の丸皿に盛ったトマトと水菜、山芋のサラダ。傍らには使い込んだ赤漆器のフリーカップ

豆から挽いたコーヒーの香りが漂い、私はお湯が沸くのを待っています。

不器用ながらも、コーヒーを淹れるのは私の役目です。

妻は、五枚切り食パン(約2cm厚)を具材が挟めるよう、スライスして薄くする作業をしています。

最初から十枚切りを頼めばよいのですが、私たちの住む地域にはパン専門店がないため、それは叶いません。

いつもながら、包丁の柄の末端を親指と人差指で持ち、パンくずが極力出ないよう器用に切り分けています。

ところが、ちょっと前からパンくずが増えてきたようです。

そろそろ、包丁を研ぎ直す時期のようです。

パンくずが増え続けるのは嫌ですから、さっそく朝から刃物研ぎに没頭しました。

どうしたことか、最初は私と砥石との会話がうまく合わず、研ぎは思うような仕上がりになりませんでした。

私の場合、焦れば焦るほど悪い方向に行ってしまいます。

そんな悪い癖があります。

ところが午後からは不思議と砥石との息が合い、私が満足できる研ぎができました。

この作業は慣れていないことなので、とても疲れましたが、心地よい疲労感に包まれています。

私はこのような疲労感の時、無性に生野菜が食べたくなります。

そこで夕食には、妻にお願いしてサラダを一品追加してもらいました。


2. 野菜の切り口

  • プチトマト、ゴーヤ、水菜のサラダ

磁器の菊型中鉢にプチトマト、ゴーヤ、水菜のサラダ。

私は野菜を調理する際、よく手入れされた菜切り包丁を使用しています。

果汁を多く含んでいるトマトなどを、刃が鈍った包丁で調理すると、トマトの汁が皿を汚します。

そうなると、料理の見た目が美しくありません。

私にとって野菜の切り口がきれいに立っている様子は、見ていて清々しいものです。

そして、よく切れる包丁を使うことで調理時に無駄な力を使わずに済み、手首などへの負担も軽減されます。

私が山芋を切る際も同様で、よく切れる包丁を使うと山芋特有のぬめりによる扱いにくさが軽減されます。

そのおかげで、私は他の料理でも山芋を使いたくなってきます。

私の場合、蒸し暑さが続いた時にこそ、シャキッとした冷菜を食べると気分が和らぎます。

  • 山芋と刻み海苔のせ(なずな柄の有田焼中鉢)
  • 鰹節をかけたほうれん草

なずな柄の有田焼中鉢に盛った山芋と刻み海苔のせ。鰹節をかけたほうれん草。


3. 泥で汚れても楽しい山芋掘り

小学生の頃、近所のおじさんに連れられて、山芋を掘ったり「零余子(むかご)」を採取したりと、山遊びの思い出があります。

  • 零余子(むかご):

    山芋のツルの葉の付け根にできる小さな球状の芽(むかご)です。

    空炒りして塩をふって食べたり、炊き込みご飯の具材などに使われます。

山芋を掘るのはとても時間がかかり、慎重さも要求されました。

私はつい焦ってしまい、どうしても山芋の先端まで掘り進めることができませんでした。

それでも、地面に這いつくばって掘り上げた達成感は今でも憶えています。

そして私が掘っている最中は、おじさんから色々なことを教わりました。

たとえば、山芋には山で掘れる「自然薯(じねんじょ)」、畑で採れる「山芋(やまいも)」、「大薯(だいじょ)」の三種があり、それぞれ味に違いがあること。

また、その自然薯は山の土質によって味に差があり、必ずしも全てが美味しいとは限らないこと。

さらに、美味しい自然薯が育つのは、北側斜面の粘り気のある土質が適していること。

ツルの見分け方、山芋を掘った穴は必ず埋めること(山を荒らさないための礼儀です)。

他人の土地に勝手に入ってはいけない事など、色々なことを教わりました。

  • 焼き鮭の切り身
  • 山芋のソテー
  • 鶏肝の甘辛煮

有田焼のぶどう柄丸皿に焼き鮭の切り身、山芋のソテー、葉物野菜。四角小鉢に鶏肝の甘辛煮。


4. 山芋汁(やまいもじる)

私は、押し麦がたっぷり入ったご飯に、山芋汁をかけて食べる「とろろ麦飯」が大好きです。

ちなみに、収穫した山芋を使った山芋汁の作り方は実に簡単です。

  • 山芋は、きれいに洗って表皮を剥きます。
  • 皮を剥いた山芋は、怪我をしないようにすり鉢にすり入れて、擂粉木で擂ります。
  • 程よく擂れたら、すり鉢に出汁を少しずつ加えながら、擂粉木を動かし続けるだけです。

幼い頃、すり鉢が動かないよう、私は布巾に乗せた大きなすり鉢をいつもしっかりと持たされました。

しかし、子どもの私はどうしても飽きてきて、持ち手が緩みすり鉢が動いてしまいました。

そのたびに、「食べたいのなら最後までしっかりしなさい」と、父によく叱られたものです。

※ ご注意: 山芋に含まれる成分(シュウ酸カルシウム)により、皮膚に触れると強いかゆみを感じる場合があります。

肌の敏感な方や、以前にかゆみを感じたことのある方は、直接肌に触れないよう注意し、手袋の使用を強くお勧めします。

免責事項:

本記事は個人の体験を記したものです。

刃物や食材の取り扱いには十分ご注意ください。

記載内容の実践による怪我や皮膚反応について、筆者は責任を負いかねます。


5. フリーカップ

今回は、赤漆器のフリーカップを取り上げます。

大きさ

片手で持つのにちょうど良い大きさです。

高さも高すぎず、使いやすい形です。

手に取った感じ

木地の木目の凸凹が感じられる塗り方なので、この器は程よく手に馴染みます。

口縁の処理(布着せ)も丁寧で、口当たりが優しく仕上がっています。

使う場面

漆器は熱伝導率が低いため、お茶やコーヒー、紅茶などの温度を保ちやすく、扱いやすい特性があります。

そして、今回の器は、私が長年使い込んでいるため、購入時に比べて全体的に艶が増しています。

持ちやすさ

赤漆器のフリーカップ 二個

 

氷を入れた冷えた飲み物でも表面がベタつくことなく、扱いやすい器です。

漆器は、使い始めの扱いが大切だと私は思います。

最初はどうしても漆特有の香りが気になってしまうからです。

この香りを消そうとして漆器にいきなり熱湯を注ぐと、漆自体に大きな負担をかけることになります。

そのため私は香りを和らげるために、ぬるま湯から始めて器の様子を見ることにしています。

我が家では、日常使いの漆器は柔らかいスポンジで他の食器と一緒に気にせずに洗っています。

漆器は、手に取って大切に触れる機会が多いほど、応えてくれるように感じています。


6. 今回のまとめ

  • 「あらととぐ こがねくろがね くがうるし」

  • [Aratotogou koganékourogané kougaouroushi]

  • Art, Rat, Tôt, Goût, Coque, Gain, Nos, Cru, Gau, Nez, Cru, Gars, Houille, Urshi.

  • La neige s'oublie, la clarté substitue.


関連リンク


参考文献

参考文献については、下記リンクをご利用ください。
今回参考にした文献は、料 01、器 01、器 02、器 03、工 02 です。


音声データ(音):2025_007_ja01


音声データ(朗読):2025_007_ja02(作業中)

Microsoft Clipchamp: Brigitte, VOICEVOX: 四国めたん

記事 終わり

  • 皆様の食卓に小さな発見と懐かしさをお届けできればと思います。